2008年3月27日木曜日

太陽の塔

日本の古代も神の場所はやはりこのように、清潔に、なんにもなかったのではないか。おそらくわれわれの祖先の信仰、その日常を支えていた感動、絶対 感はこ れと同質だった。でなければこんな、なんのひっかかりようもない<御嶽>が、このようにピンと肉体的に迫ってくるはずがない。
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そ れにしても、今日の神社などと称するものはどうだろう。そのほとんどが、やりきれないほど不潔で、愚劣だ。いかつい鳥居、イラカがそびえ、コケオドカシ。 安手に身構えた姿はどんなに神聖感から遠いか。とかく人々は、そんなもんなんだと思いこんで見過ごしている。そのものものしさが、どんなに自分の本来の生 き方のきめになじまないか、気づかないでいる。
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天照大神なんて、そんなのいたのかいなかったのか、それはどうでもいいが、素朴な信仰から、国家権力を背景にしたいかめしい神社に至るまでの、日本神道の経てきた道…
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はじめは清らかに単純だ。美しくしずまった森。信託によって定められた聖域が氏族生活の中心だ。その秘めた場所に、ひそかに超自然のエネルギーがおりてくる。それにつながり、受けとめることをぬきにして、彼らの生活の原動力を考えることはできない。
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そびえたつ一本の木。それは神がえらんだ道。神の側からの媒体である。この神聖なかけ橋に対して、人間は石を置いた。それは見えない存在へ呼びかける人間の意志の集中点、手がかりである。
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自然木と自然石、それが神と人間の交流の初源的な回路なのだ。
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自 然のままよりも尊大な形をつけた方が神様を大事にしているんだと思っている。素肌で神にふれ、対決する、きびしい切実なつながり、その緊張を忘れ、人間は このようにあまりにも人間的な形式主義によって、神をまつりあげる。それは逆に神聖感を消し去り、同時に人間としての充実感も失わせてしまうのだ。

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『沖縄文化論』
忘れられた日本

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